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TAKAさんの毎日が発見・ブログ
アマチュア無線の機器製作を中心にした日常の活動記録です (by Taka JA2GRC、このブログはFC2_BLOGを使わせていただいてます。)
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赤穂城趾公園
 娘の引っ越しを手伝いに行ったついでに赤穂城趾公園を散策してきました。
 一番下の娘が転勤する事になって、ここ数日、てんやわんやでした。 やっと、自宅に戻ってきて徐々に普通の状態に戻りつつありますが、山の様なメールが溜まっていたり、洗濯物を片付けたりと、元のペースに戻るまでには、しばらく時間が掛かりそうです。

 娘の転勤はこれで4回目です。 しかも、前の守口→堺の転勤から1年半も経ちません。 結構、人使いが荒いですね。 今度は堺→赤穂への異動です。 かなり遠くに行ってしまうなぁと言う感じです。 今まで、我が家から比較的近い場所で、1時間も有れば尋ねて行けたので、比較的頻繁に尋ねていって居たのですが、今度はちょっと遠くに離れてしまったので、そう、度々尋ねていく訳には行かなくなりました。

 ところで、毎回の事ながら、辞令が出て一週間程で新任地に赴任の様なので、結構急な異動です。 そのあいだ、残務整理や引き継ぎなどで、本人はゆっくり荷物の整理している暇もなく、結局、見るに見かねて、こちらが引っ越しの手伝いをする羽目になってしまいます。 堺での荷造りも結構時間が掛かって、一々枚方に戻るのも面倒なので、泊まり込んで手伝ってあげました。 そして、新任地の赤穂の方での荷ほどきも、手伝ってあげないと何時までも段ボール箱の山の中で生活しそうなので、こちらも精出して手伝ってあげました。 赤穂の方は、距離的にも戻るのは無駄なので、こちらも泊まり込みの手伝いです。

 おかげで、体のあちこちが筋肉痛で痛いです。 片付けの間バタバタとしましたが、まあ、でも、久しぶりに長時間親子で過ごす事が出来たので良しとしましょうか。 あと、雑魚寝で背中が痛くて朝早く目が覚めてしまったので、近くにある赤穂城まで散歩がてら歩いて行ってきました。 赤穂市は初めてですし、比較的こぢんまりとした街なので、中心街は徒歩で十分歩き回れます。 少し遠くても自転車が有れば、端から端まで行けてしまいそうです。

 赤穂城は、JR播州赤穂駅から、中央の通りを南に下がって突き当たった所にありました。 結構広大な敷地が城趾として残っています。

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 赤穂城として大きな建物が残っているのかと思ったら、建物はほとんど残っていなくて、唯一お城らしき建物はこの大手隅櫓だけみたいです。 ただ、この櫓(やぐら)も昭和30年頃の再建らしいです。

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 大手門の前に立派なお土産屋さんが有りました。 名物「討ち入りそば」って、どんなもの?

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 大手門を入った所から、大手隅櫓を振り返った所です。 塀の防御の仕組みなどもちゃんと再現されているようです。

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 大手門を入って直ぐに、旧大石邸の長屋門が有りました。 家老ともなると、お堀の内側の二の丸の中に邸宅があるのですね。 今で言えば、首相官邸って感じなのかな?

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 大石邸跡は大石神社となっていました。 比較的新しい感じだったので、最近補修されたのでしょうかね? まあ、元々、江戸時代はおおっぴらには祀れなかったみたいですので、明治以降に四十七士が、富国強兵の精神的バックボーンの一つとして重宝されて、逆賊だった四十七士が急に神様ととて祀られる様になったみたいですね。

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 門の前に四十七士の石像が並んでいました。

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 さて、大石神社から進んでいくと、広大な二の丸庭園が拡がっています。 五万石の藩の城としては豪華すぎるという評判だったらしいですが、確かに、この広大な庭園は不釣り合いですね。

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 さて、やっと本丸に入る表門に到達しました。 この門も新しそうなので、再建した模様ですね。

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 本丸の中にもそこそこ広い庭園がありました。 確かに五万石と考えると不釣り合いですかね。

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 本丸の中に天守台が残っていますが、結局、一度も天守閣は造られなかったそうです。 やっぱり、戦国時代が終わってみると、五万石の藩に立派な天守閣は不釣り合いだったのでしょうね。

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 天守台の上に昇ると、本丸全体が見渡せます。 先ほどの本丸庭園も結構広いですね。 そして、藩の庁舎であったであろう御殿はその間取りが残されていました。 この御殿だけでもかなり広大です。

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 天守台の上から眺めると、赤穂市街が一望できます。 赤穂市には高い建物はほとんど無く、突き当たりの山並みまで一望できますね。

 さて、遊びに来た訳じゃなく、このあと片付けが待っていますので、早々に戻っていきました。

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